伯爵夫妻の内緒話【番外編集】

「エミーリア様にもこのやる気が最初からあれば良かったんですけどねぇ」

「ちょっとトマス」

「だってそうじゃないですか。お転婆はさておき、裁縫さえ上手ならもっと早く嫁ぎ先は決まってましたよ」

「そりゃそうだけど。いいじゃない。先にお嫁に行ったら今こうしてここにはいないのよ?」


言い合いを始めるふたりを見て、フリードは半ばあきれた顔をし、マルティナはおろおろとしている。
にわかに騒がしくなった広間を、ディルクがパンと一つ手を打って静まらせた。


「はい。そこまでです。トマス、いくら幼馴染といっても奥様に向かって言葉が過ぎます。エミーリア様も、そこでムキになるから何度も言われるんだということをそろそろ理解してください」


ディルクにたしなめられ、トマスは「申し訳ありません」と殊勝に頭を下げ、エミーリアはこっそりと舌を出した。


「皆さまよろしいですか。それでは、准男爵夫妻が来られるまで、どうぞおくつろぎください」


折り目正しく礼をして、ディルクが部屋を出ていく。
微妙に固まった空気がすぐに直るはずもなく、しばらくは紅茶をすする音や茶碗と受け皿がこすれる音だけが響いた。


「……ディルクはいつも変わらないわねぇ。昔からああなの?」


飲み終えると今の騒動は忘れたようにエミーリアが話し出す。


「ディルクか? ……そうだな。本当の子供のころはもっと負けん気が強かったぞ。いつも小競り合いをしては俺が負けていた」

「へぇ……。じゃあディルクって小さいときからこの屋敷に勤めてるの?」


そう問われて、フリードは一瞬動きを止めた。

< 3 / 52 >

この作品をシェア

pagetop