伯爵夫妻の内緒話【番外編集】
「いや、その頃のディルクは使用人じゃない」
呟くような声で言った後、さりげなくトマスに目配せをする。
フリードの意図を察知したトマスは、マルティナが紅茶を飲み終えるのを確認すると、「マルティナ様、食後の運動です。少し庭を歩きましょう」と誘った。
マルティナはどうしたらいいのか迷って兄とトマスを見比べたが、フリードが「いい天気だよ、行っておいで」と言うと、嬉しそうに立ち上がった。
「はい。ではお姉さま。またお昼に」
「ええ。あなたの部屋に行くわね」
本来従者は後ろについて歩くものだが、積極性のないマルティナは先頭に立って歩くのが苦手だ。トマスの差し出す手に捕まって、嬉しそうについていく。
大柄なトマスと小柄なマルティナが並べば、年の離れた兄妹とも恋人同士とも見れる。
トマスはともかく、マルティナの方に特別な意識があるのは、傍目にも伝わっていた。
「……マルティナがすっかり懐いてくれたのはいいんだけど。あれは本当にいいのかしら」
エミーリアは口元に微笑みを浮かべつつも、複雑な胸の内を口にした。
「どういう意味だ?」
「トマスの人柄はいうことないわ。私も大好きよ。だけど彼は生粋の平民……ベルンシュタイン家の使用人の息子なの。歳も離れているし、マルティナが恋をする相手としてはどうなのかしらと思って」
「君がそういうことを気にするとは思わなかったな。身分については俺は気にしていない。年齢差も十歳だろう? そこは本人同士の問題だな。本当に夫を持つ歳になってからマルティナが決めればいいことだ」
「貴族なのに、フリードはそのあたりはこだわらないのね。うちのお母さまなら、使用人との結婚だなんて絶対に許さないわ」