王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
「ごめんな……さい……」
ロニーが眉根を寄せ口元の血を拭ったのを見て、リリアンはとっさに謝ってしまった。
口の中には今でも彼の舌を思い切り噛んだ嫌な感触が残っている。
舌を噛むなど危険な行為だ。一歩間違えれば大惨事になりかねない。けれど、リリアンにはそうするしかなかった。
大声で助けを呼んではロニーがギルバートを裏切る行為をしたことが皆にバレてしまう。なんとか助けを呼ばず非力なリリアンが窮地を脱するには、彼の隙をついて傷つけることしか選択肢がなかったのだ。
けれど、何度も口元を手の甲で拭うロニーを見てリリアンは青ざめてしまう。自分のハンカチを取り出し、慌てて彼の口の端から溢れてくる血を拭った。
「どうしよう、いっぱい血が出てる。ごめんなさい。お医者様を呼んだ方がいいかも」
このままロニーが死んでしまったらどうしようと気持ちが焦る。白い綿のハンカチが赤く汚れていくのを見て、リリアンが泣き出しそうになったときだった。
「……おかしな人ですね。せっかく攻撃して隙を作ったのに逃げないのですか」
クスッと小さく笑う声がして、ハンカチを当てていた唇がわずかに弧を描いた。
驚いてリリアンが顔を見上げると、ロニーの表情はいつもの穏やかなものに戻っていた。身体中に満ちていた緊張感が一気に解けて、安堵で深く息を吐き出す。
「ロニー……、本当にごめんなさい。私、お医者様を呼んでくるから」
ロニーが普段通りに戻ったことで、怪我をさせてしまったことにますます罪悪感が湧く。けれど、彼はリリアンのハンカチを受け取ると口元を押さえながら言った。
「大丈夫、舌は出血しやすいから大げさに見えるだけですよ。傷は浅いです、この通り普通に喋れますから」
「本当?……良かったぁ」
どうやら酷いことにはならなさそうで、リリアンはもうひとつ深い安堵の息を吐き出した。
安心したことでリリアンの顔には自然と笑みが浮かぶ。すると、それを見たロニーがボソリと小さな声で呟いた。
「……ギルバート様が夢中になってしまわれるのも理解出来ます。リリアン様は優し過ぎる」