王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
「ギルに人参を食べさせてあげようと思って」
理由を説明していると、ファニーが気を利かせ水差しからハーブコーディアルをグラスに汲んでくれた。太陽の下で作業をしたあとに、爽やかなドリンクが身体に染み渡る。
「ああ、五年前の事件は儂も聞いた。酷い話だが、陛下がお命を落とさずに済んで良かった。今でも毒見係を三人もつけるぐらいだから、陛下の受けた心身の苦痛は計り知れないがな」
今でもそんなにまで警戒していることを、リリアンは知らなかった。思っていた以上に彼の心の傷は深いようだ。
「……ねえ、お爺様。ギルは今でも気を張らなくちゃいけないの? だって、シルヴィア復権派はもう王宮にはいないんでしょう? 国王になったギルを狙う人は、もういないんじゃないの?」
以前から気になっていたことを、リリアンは思い切って尋ねた。ギルバートはいつまで敵の脅威に怯えて生きなくてはならないのだろうか。
ジェフリーは少し悩ましげな表情を浮かべ薄く色づいたグラスを傾けると、自分についていた侍従とファニーを下がらせてから口を開いた。
「シルヴィアとエリオットは遠い流刑地メーク島へと送られた。もう奴らがステルデンの地を踏めることはないだろう。けれど、シルヴィア復権という愚かな夢を見た亡霊が、今も王宮に残っていたとて不思議はない」
「亡霊?」
祖父の口から出た恐ろしい単語に、肩をブルリと震わせる。
「潰えた夢に囚われたまま、現状を受けいれられずに生きている哀れな者のことだ。シルヴィアは狡猾に人心を把握していたからな。未だに心の奥底ではシルヴィアを崇拝し、ギルバート様を恨んでいる者が王宮に潜んでいる可能性はある。人の本心までは、どんな権力を手に入れたとて覗けないからな」