王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
「良かったです、リリアン様がご無事で。あ、いえ、良かったなんて言っていい状況ではないのは分かっているんですけど……、でも、お見かけしたところお怪我などはないようなので、それだけは安心しました」
衛兵にみつからないよう慎重に王宮内を進みながら、ファニーは小声で話した。
「心配をかけた上に、こんな危険なことまで頼んでしまってごめんなさい。でも信じて、私は毒なんか入れていないの。なのに誰も信じてくれなくて……だから、ギルと直接話をしようと思ったの。ギルは一命をとりとめて無事だったんでしょう?」
「ええ、今朝がた宰相様から皆に通達がありました。国王陛下はご無事だと。まだベッドからは起き上がれないようですが、もうお話が出来るぐらいには回復なされているそうです」
脱獄犯を装った会話をしながら、リリアンは動物のように五感を働かせて歩いた。ファニーは不審な動きをしていないだろうか。周囲に他の協力者らしき気配はないだろうか。ロニーはちゃんと後ろからついてきてくれてるのだろうか。
自分が床を踏みしめる音にまで耳をそばだててしまうほど張りつめた緊張感に、全身に汗が滲む。廊下は暗いうえにフードを目深に被っているので頬を幾筋もの汗が伝っていることはバレないだろうけれど、つい深くなってしまった呼吸の音がファニーに気づかれないか、心臓がドキドキと脈打つ。
今にもファニーが振り返り自分に刃を突き立ててくるのではないかとか、暗闇から他の敵が飛び出してくるのではないかなど、不安と恐怖でめまいがしそうだった。
リリアンは『必ず守ってやる』と誓ったギルバートの姿を思い出し、必死に心を落ち着かせた。
夜通し階段前に立っている衛兵の目をどうかいくぐるかが問題だったが、ファニーが慌てた風を装って「宰相様がお呼びです。何やら火急の件らしいですよ」と伝えると、すぐに持ち場を離れた。普段ならこんな無防備な行いはしないだろうが、国王の暗殺未遂騒動で王宮中の士気が乱れている。現状、王宮を取り仕切っている宰相が緊急を要していると聞けば、優先的にそれに従うのも無理はなかった。
衛兵が急ぎ去って行ったのを確認してから、物陰に潜んでいたリリアンが姿を現す。するとファニーは振り向き「上手くいきました」と、嘘を吐いた罪悪感を滲ませた苦笑を浮かべた。
彼女のそんな姿を見ていると、うっかり油断してしまいそうになる。無理もない、リリアンはまだ心の奥では彼女を疑いきれていないのだから。
今のリリアンは追われる身の犯罪者だ。それなのにファニーは以前と変わらずこんなにも尽くしてくれる。それが嬉しくて、そして同じ分だけ悲しくて、リリアンの心は掻き乱れた。
(ファニーが真犯人だなんて……どうか間違いだったらいいのに……)
そう願わずには、いられない。