王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です


上弦の月が空高く昇り、人も草木も寝静まった夜更け。

暗闇に包まれたオアーブル宮殿の居住区の廊下を、ひとりの男が足音を忍ばせて歩いていた。

廊下に灯りはなく数歩先は視界を奪う闇だったけれど、男は速度を緩めることもなく慣れた足取りで進む。

この王宮に移り住んでから七年間、ほとんど毎晩ここへ通っているのだ。視界が遮られようとも身体が道のりを覚えている。

そうして王家の部屋が並ぶ廊下を通り過ぎ回廊まで進むと、彼は足を停めて壁に向き直った。

そこには代々の王族の肖像画が飾られている。その中の一枚に向かって、彼は跪き深々とこうべを垂れた。

「——ミレーヌ様。ご報告に参りました。ご結婚を間近に控え、ギルバート陛下の支持率はますます高まっております。もはや宮廷内外に陛下を貶めようと企むものは皆無でしょう。ギルバート王政は安泰したと申しても過言ではありません」


——それは十九年前、彼が彼女と約束したこと。


『ロニー。この子はイーグルトン王家の正しき継承者なの。どうかこの子を在るべき場所へ導いてあげて。民に愛される誇り高き王に——どうかギルバートを導いてあげて』

命の灯を消す間際、ミレーヌ王妃は若きロニーの手を握ってそう泣いた。

ミレーヌは知っていた。まだ十六歳の少年ともいえるこの若き近衛兵が自分に想いを寄せていることを。

ミレーヌが無実の罪をかけられ王宮を追い出され離宮に軟禁されてからも、ロニーは彼女に最大限の敬意を払い従順に尽くし抜いた。ミレーヌにとって心の底から信頼出来る者は、もう彼しかいなかったのだ。

ミレーヌは弱り切った身体でギルバートを生み、その成長を見守ることが出来ないまま逝かねばならないことを悲しんだ。

そしてどうかこの不遇で、けれど誇り高き血を引く息子を守り導いて欲しいと、ギルバートをロニーに託したのだった。
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