王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
健やかでたくましく育った今のギルバートを見ているとつい忘れてしまうが、彼は十二歳まで離宮に軟禁されて育ったのだ。外に出ることを許されず、存在を隠されるようにしてずっと。
身体の成長が著しく遅れていたのも頷ける。成長期の子供が太陽の下で走り回ることも出来なかったのだ。肉体的にも精神的にも、彼が成長するために必要なありとあらゆるものが不足していたのだろう。
生まれてすぐに母を亡くし、父には見捨てられ、友達もおらず、薄暗い離宮でひとりぼっちで。いったいどれほど心細く寂しかったことか。いや、その環境で生まれ育った彼は、寂しいという感情すら知らなかったかもしれない。
そんな日々を繰り返す中、春になると黄金に輝くこの地を遠い窓から見つけたギルバートはどんな気持ちだったのだろう。
その情景を思い浮かべるとリリアンは涙が出そうになって、唇を噛みしめてこらえた。
「でも、自分がそこへ行ける日がくるなんて思ってなかった。だから想像したんだ。あそこはきっと天国(エデン)だって。つらいことも悲しいこともない素晴らしい場所で、そこに行けばきっと僕は幸福になるんだって。そんな想像ばかりしていたんだ」
目を細め、ギルバートが少し照れくさそうに笑う。その顔はリリアンの大好きな少年の頃の彼の面影がいっぱいだった。
「本当に……自分が行ける日がくるなんて思ってなかった。……あの日までは。夜中にロニーが突然僕を起こし、逃げるように馬車を走らせて王都を脱出した日、世界が変わったんだ。僕はどこへでも行ける。あの檻のような離宮から出て、どこへでも行けるということを初めて知ったんだ」
リリアンはギルバートが初めてモーガン邸にやってきたときのことを思い出していた。幼かった彼は、ひどく知識に偏りがあった。大人の言葉はよく知っているのに、子供がみな知っているような童謡も物語も知らず、動物のさわり方も花の摘み方も知らなかった。だからこそ、リリアンは彼にいつもお姉さんぶって見せていたのだけど。
十二歳のギルバートが初めて知った“世界”。それが、あの畑と森と草原に囲まれた屋敷と、リリアンだったのだ。