王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
「モーガン邸で暮らしたあとの僕の目に映る世界は、何もかも前とは違って見えた。自分でも不思議なぐらいだったよ、どうして以前の僕は黙って自分の境遇を受けいれてきたんだろうってね。やっと——自分の心を取り戻したみたいだった」
思い出を紡ぐギルバートの瞳は、優しい。延々と続くキンポウゲの光る地平線を、安らぎと愛しさを籠めて見つめている。
リリアンにとってもギルバートと過ごした一年は人生で一番大切な日々だったが、ギルバートにとってはもっとずっと大きいものだったのかも知れない。『思い出』なんて言葉じゃ語れない。それこそ彼にとっては、生まれ変わった転換期と言っても間違いではないほどに。
「王宮に戻って用意されていた王太子の座についたとき、僕はね、たくさんのことを心に誓ったんだ。二度と籠の鳥には戻らない。欲しいものは必ず手に入れる。誰にも僕の人生を邪魔させない。そして、リリー。きみと必ずもう一度会うって」
南から吹いた風が、キンポウゲの花を揺らし鮮黄色の花びらを舞い散らせた。光の欠片のような花びらが、ギルバートのなびく黄金の髪を撫でて舞っていく。
幻想的なほど美しいその光景を、リリアンはただ胸をときめかせて見つめていた。
「きみと、必ずここへ来ようって決めてた。ずっと憧れていた僕の天国。リリーと一緒に、どうしても来たかった」
「……ギル……」
ギルバートが、ゆっくりとリリアンに顔を向ける。それは、よく知った幼馴染の顔でもあり、胸を掻き乱す大人の顔でもあった。
切なげに目を細めて微笑んだギルバートが、リリアンに向かってそっと手を伸ばす。
リリアンは何も言わずにその手をとって、指を絡め優しく握り返した。
「きみがいれば、僕はつらいことも悲しいこともない。ずっと幸福でいられる。リリー、僕にとっての天国はきみだよ」
青い瞳と見つめ合った菫色の瞳から、涙がひとすじ零れ落ちた。
握り合った手から、ぬくもりと一緒に彼の想いが伝わってくる。ギルバートにとってリリアンがどれほど大切で唯一の存在なのかと。
「大好きだよ、リリアン。きみが僕に心を取り戻し、愛を教えてくれたんだ」
リリアンは、ただ頷くことしか出来なかった。
七年ぶりの再会は驚くことが多すぎて、たくさんのことを理解し納得することが難しかった。けれど、ふたりにとって一番大切なことが、ようやく理解った気がする。
ギルバートはリリアンに恋している。七年前からずっと。
そしてまた自分もギルバートに恋をしていたのだと、リリアンはようやく本当の心に気がついた。
ふたりは馬上で手を繋ぎ合ったまま、しばらく景色を眺めた。
どこまでも続く光の大地は、本当に天国の風景のようだった。ときおり南風が吹き抜けては、鮮黄色の欠片を妖精のようにひらひらと舞わせていく。
——幼馴染で、けれど身分違いの恋。
そんな儚いふたりにさえも、天国の花は祝福するように花びらを舞い散らせ降り注いでくれた。