王宮メロ甘戯曲 国王陛下は独占欲の塊です
声をかけられたギルバートが、口元にニコリと弧を描いた。それを見てリリアンの胸がまたズキリと痛む。しかし。
「これはこれは、チエール国のエレナ大公令嬢ではありませんか。三年ぶりですね」
「まあ、覚えていてくださったんですね」
「ええ。あなたのお父上が私にされたことは、忘れようもありませんから」
ギルバートに覚えていてもらえたことで頬を染めた令嬢の顔が、一瞬で青ざめこわばった。周囲の臣下らも、気まずそうに顔をしかめる。
「あの……でも、父は今では考えを改めていますし……それに私は、ずっとギルバート陛下のことを……」
令嬢は哀れなぐらいに覇気を失くし、顔を俯かせながらしどろもどろになって言葉を紡ぐ。リリアンにはふたりにどんな事情があったのか分からないが、今にも泣き出しそうな令嬢の姿を見ているとあまりに可哀想でつい眉根を寄せてしまった。
けれどギルバートは顔から作り笑いを消すと、苛立ったように低い声で告げた。
「では帰ってあなたの父上に伝えるといい。ステルデン国王が最も嫌うのは、権力に媚びへつらうプライドのない犬だとな。そして私は、犬と踊る趣味はない」
リリアンは耳を疑った。けれど、そのあまりにひどい罵倒は空耳などではなく、その証拠に周囲は水を打ったように静まり返り、令嬢の顔はみるみる泣き崩れていった。
それでも令嬢は気丈に一礼をすると、すぐさま踵を返し会場から走り出ていった。リリアンはその様子を、ただ驚いて目で追うことしか出来ない。
会場はすぐに賑やかさを取り戻したが、気まずさが漂う雰囲気は隠しようもなかった。ギルバートにダンスを申し込もうと思っていた他の令嬢たちも怯えたような顔でその場から離れ、ステルデンの臣下らも困惑を滲ませていたが、ギルバートだけは動じることなく冷ややかな表情でシャンパングラスを傾けていた。