カップほどの小さな幸せだとしても、店長が隣に居てくれるなら。

 濡れた麗の髪も気にすることなく、屋島さんは耳元に囁く。



「今日のことバラされたくなかったら、明日付き合って」

「は?」



 ハンマーで叩かれたような気分だった。
 え? 今、何を言われた? これ、脅迫!?



「驚いた?」



 わたしから離れた屋島さんはにっこり笑った。



「あ……の」



 言われた通り驚きすぎて言葉が出てこない。



「どうする? オレに付き合ってくれる?」

「付き合うって、そんな……」



 ちゃんと説明しよう。
 そう思って屋島さんを見つめるけれど、人差し指をわたしの口にあてて言えないようにする。



「明日の朝五時に迎えに行く。いなかったら、取りあえず瞬に話すから」

「は!?」



 待ってくれ、説明させてくれ、と言いたかった。でも彼は楽しそうに歩き去ってしまう。



「ま、待ってよ」



 引き止める言葉が他に見つからなくて、迷っているうちに屋島さんは近くに停めてあった車に乗り込む。



「え。え!?」



 走り出す車を眺めることしか出来ない。
 そんな自分にも腹が立って、もちろん屋島さんにも腹が立って……。



「ちょ……なに、これ?」



 わたしは取り残されて、その場にへたりこむ。



「屋島樹! 嫌な奴!!」



 自己紹介をしたその日。憧れだったシェフは嫌な奴で、そんな奴に弱みを握られた。



「もう、最悪!!」
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