カップほどの小さな幸せだとしても、店長が隣に居てくれるなら。


「塩谷くん。検定受けてみないか?」

「検定?」



 更衣室で着替えてから、ドアを出ると声が聞こえてきた。夏彦さんと瞬くんだ。


 どうやらお店の方はお客さんの出入りが少し落ち着いたみたい。二人はレジあたりで話してるのかな。



「塩谷くんは接客中心にやってもらっているから接客関係の検定。それからパソコンに詳しいから事務関係の……」

「興味ないです」

「あとアルバイトではなく、社員として……」

「店長、それも何度もお断りしています。僕はアルバイトの方が気楽なんです」



 瞬くん、仕事に関して随分慣れているのにアルバイトっての少し引っかかってたんだよね。


 でも、それが本人の希望だったなんて。社員になれるなんてすごいことだと思うのに、どうして断るんだろう。



「……わかった。もし気が変わったら言って欲しい」

「気が変わったら、言います」



 つい、立ち聞きしてしまった。多分、聞いてはいけなかったこと。どうしよう。誰か、記憶を消して。


 とにかく、逃げよう。
 わたしは荷物を掴んで外に飛び出した。

< 95 / 167 >

この作品をシェア

pagetop