明智お光の苦悩
変化する日常

え?!今川義元?!

「此度の戦、我が軍の勝利だ!」

信長の高らかな声に続き、歓声が織田家に満ちていく。光秀の評価も更に上がり、若武者達への報酬も続々と渡っていくのだが、当の光秀は複雑な胸中であった。

「何とめでたい!今川義元が降伏し信長様の下に付いたとは!ですよね、明智様。」

「…ああ、真に。そなたの頑張りもあるのだぞ?」

晴れやかに光秀に言いかける前田に、胸中を知られぬ様に相手を誉めておく。途端に今時の若者らしい顔が赤く染まり「恐縮です」と素直に喜びを表す。…本当に裏表が無く好ましいな。
ちゃっかりと光秀の隣をキープする事など気付かず、少しヤンチャだが素直で気の良い奴だと思う。

「おい、光秀此方へ来い。」

何故か不機嫌そうな主君に呼び止められ向かうと、空の杯を差し出されたので静かにおかわりを注いでみる。
何か…怒ってる?
杯を煽り、小さく舌打ちさえする信長の横顔をじっと見つめる。やはり無駄に顔が良いな。

「…何だ?」

光秀の視線に気づく信長の怪訝そうな疑問に「いえ」と返し少し笑う。

「殿に見惚れておりました。この度、戦に出向いて頂きありがとうございました。殿が居り皆の士気も上がりましたので。」

「…そうか。お前もか?」

あれ?機嫌が直った?お前もって…士気が上がったかどうかだよな。

「勿論。信長様は、私のただ一人の主君にございますよ。」

まあ、それで良い。と頷く信長は妙に嬉しげで、何処かを見て勝ち誇った様に鼻で笑っている。うん、よく分からない。

(馬鹿め、新参者が気に入られたと調子に乗るな)
(…いくらお殿様であろうと、明智様を独り占めなさるなど…)

光秀の知らぬ所で、男達の牽制が繰り広げられている等勿論知る由も無い。

勝利の宴も終わり、友人の細川藤孝に手紙を出したり、馬小屋の掃除に勤しむ木下藤吉郎と雑談を交わし就寝するのだった。木下とはなるべく友好を深めねば!いつか討たれたくないし。




斉藤道三との会談を明日に控えた今日、今川義元が同盟という名の傘下に入る為の調印にやってきていた。光秀は少々心配な事があった。歴史的には、今川義元を討った後に松平 元信(徳川家康)と信長が同盟を結んでいた筈なのだ。

しかし、今川義元は生きている。どうなるんだ?
次期に訪れた前触れに気付き、家中が今川義元を受け入れる準備を始めている。

気持ちがどうしても落ち着かず、何となしに馬に乗り早がけに出てみたりした。尾張の国も大分活気が出てきたなあ。これまで信長と試行錯誤してきた事を思うと感慨深い。

「あの、そこの方…」

「え?ああ、はい。」

馬から降りて町を眺めていれば、ふいに背後から声が掛かりゆっくりと振り返る。光秀の一つに縛った髪が靡き、中性的な容貌が日の光で輝く。

「…っ!失礼を。実は供の者とはぐれてしまい、道をお聞きしたいと。織田軍の方と見受けられますが?」

光秀の顔を見て僅かに頬に朱を差す青年は、穏やかな口調で話を続ける。という事は、今川義元の供か?まさか…今川義元じゃないよな。名を聞こうと思うが怪しまれると思い、先に自ら名乗る事とした。

「…はい。明智 光秀と申します。私でよろしければ、ご案内致しましょう。」

明智光秀…と相手が呟き、パッと花が咲く様に笑みを浮かべる青年。

「おお!あの、才高く麗しく、織田信長様の寵も厚き明智殿ですか。お会い出来て嬉しい限りです。」

ええ?そんなに知られてるの私?ちょっと嫌なんですが。
此方こそ、とにっこり笑えば眩しそうに目を細められた。

「ああ、名乗り遅れました。某は松平 元信と申します。」

松平 元信?!徳川家康じゃないか!
ええ~?こんな優しげで爽やかな好青年だとは…今川義元に会うよりも重要では無いか?

ほんの一瞬思考に投じ、直ぐ様返事を返すと城までの案内を始める。さて、どうしようか?今川の元に居る限り徳川家康が生まれない訳だが。

「…松平殿、よろしければ少しだけお時間を頂けますか?」

光秀の、行き当たりばったり徳川家康作戦?が始まるのであった。

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