最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
彼はふと窓のほうを見た。きつい日差しをシェードが和らげている。


「俺は用済みかな」


まるで、午後も晴れるかな、みたいな口ぶりだった。日常のなんでもない、ごくささいなことを話題にしたような自然さで、私は背筋が冷えた。


「久人…!」

「さ、仕事仕事」


樹生さんの声を遮るように、久人さんがパンと手を打ち鳴らした。


「といっても、ちょっと予定を変更したいんだよね。桃、悪いけど今日は、庶務のほうに回ってくれる? 必要があれば呼ぶ」

「はい…」

「樹生もヒマなら、俺を手伝う?」


からかいの声を向けられ、樹生さんはじっと黙り、やがて「ヒマじゃねーよ」とむくれ、サイドボードに置いていた鞄を取り上げた。


「俺のほうも、移籍前の身辺整理で忙しいんです。お邪魔しました」

「ありがとね、心配してくれて」


ドアに手を伸ばしたところで、振り返る。


「…そういうのは、心配の必要がなくなってから言うもんだ」

「信用ないな」

「久人、俺が一族の思惑に従って商社に入ってやるのはな、お前のサポートができるからなんだぜ。俺は正直、この時が来るのを楽しみにもしてた」


久人さんはなにも言わず、樹生さんのまっすぐな視線を、かすかに微笑んで受け止めている。


「俺を放り出すなよ」


言い捨てて、樹生さんは出ていった。

私は慌てて「お見送りしてきます」と久人さんに断り、あとを追った。
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