最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
「樹生さん、あの、いらしていただいて、ありがとうございました」

「あいつ、やばい」

「えっ」


樹生さんがエレベーターのボタンを、叩きつけるように押す。いつも柔らかい余裕に包まれている彼が、いらいらと足を踏み替えている様子に、私は驚いた。


「樹生さん…」

「ぶっ壊れる寸前じゃないか。桃子ちゃん、あいつから目を離さないで」


硬い声。

私は緊張に身体がすくむのを感じた。


「はい」

「俺も伯父さんを尊敬してるけど、今回ばかりは…」


言葉を途中で切り、彼はエレベーターに乗り込んだ。私は習慣から、深々と頭を下げた。扉が閉まって、箱が動くのを感じても、顔を上げられずにいた。

ぶっ壊れる寸前。

久人さん、久人さん。

どうか、あなたの本当の価値に、はやく気づいて。




その日は言われたとおり、庶務のデスクで仕事をした。

心配で、たまに飲み物を持って久人さんの執務室に様子を探りに行った。彼はデスクで忙しそうにしていて、だけど彼らしく、たとえ電話中であっても、私の差し出した飲み物にお礼を言った。

そして必ず、次に行くときまでに飲み干しておいてくれるのだった。


* * *


翌朝、起きたら久人さんは家を出た後だった。

ファームへの出社はもっと遅くていいはずなので、どこか立ち寄る先ができたのかもしれない。

私も彼も、朝食をとらない。出る時間も違うし、お互い必要な時刻に起きて、自分の支度だけするのが常だ。
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