最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
最終段階を詰めるのは久人さんの役目なので、こうしてひとり残っているというわけだ。

そして私は、秘書としてでなく、庶務的なサポートとしての手を請われ、『助けて』とのことなので一緒に残っている。


「ちょっと煙草吸ってくる」

「はい。おっしゃっていた事例、いくつか見つかりましたのでフォルダに入れておきますね」

「ありがとう、ほんと助かる」


椅子の背にかけた上着のポケットをごそごそ探り、煙草を取り出した久人さんが、部屋を出ていきざま、「あ」とこちらを振り返った。


「桃、よかったら今日、俺んち泊まる?」


たいそうな物音が響いた。

応接テーブルで仕事をしていた私が、持ち上げようとしたバインダーを落とし、その弾みでPCが床に滑り落ち、ケーブルを踏んでいた書類たちがいっせいに雪崩を起こしたのだ。


「桃!?」


すぐに久人さんが駆け寄ってきた。

私は動揺に汗をかきながら、とっちらかった床から急いでものを拾い上げる。


「すみません、問題ないです、すみません」

「あるでしょ、全然。大丈夫? 足の上に落ちなかった?」

「大丈夫です、すみません」

「いきなりどうしたの?」


いえ…と唇を噛んでうつむいた。顔が真っ赤だ。久人さんのほうを見られない。

彼はそれを、私が失態を犯したせいと思ったらしく、「気にしないでいいよ」と拾った書類でぽんぽんと頭を叩き、作業を手伝ってくれる。


「PCも無事だよ。そうそう、俺んち泊まれるようなら、一緒にタクシー乗せるからさ、悪いんだけど終電…」


ゴツッという鈍い音がその声を遮った。

飛んだ書類を拾うためテーブルの下に潜っていた私が、頭を天板にぶつけたのだ。


「うっ…」


あまりの痛みにうずくまる私を、さすがに久人さんが異常だと感じたらしく、慌てた声で「ちょっ…桃、…ええー?」とよくわからない言葉を発している。
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