最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
慌てて襟ぐりを押さえたとき、「あれっ」と久人さんがなにかに気づいたような声をあげ、いきなり私の腰を抱き寄せた。


「え…え? きゃーっ!」

「よくないなー、これはよくないよ」


彼の手が背中に回る。なにをされるかわかって、私は暴れた。


「やめてください!」


じたばたもがいても、全然逃れられない。

信じられないことに、久人さんは片手であっさりTシャツの上からホックを外してしまった。ふっと胸元が解放される感覚に、顔がかっと赤らむ。


「桃、細いねー」

「あの、向こうで外してきますから、すぐ、あの」


そのままぎゅーっと抱きしめられてしまい、私はなすすべもなく久人さんの肩に顔を押しつけるはめになった。布越しの温かい肌から、いい匂いがする。

うう、これダメです。早く離して。


「はは、真っ赤」


ようやく腕を緩めてくれたときは、ぷはっと水から揚がったような息が漏れた。そそくさとベッドを出て、リビングで下着を外し、バッグに入れる。

今ごろ久人さんが、ひとりで笑い転げているのが目に見えるようだ。

ひどい。経験ないって言ってるのに、この仕打ち。

そのとき、バッグの中で携帯が点滅しているのを見つけた。暗いリビングで、取り出してメッセージを表示する。千晴さんからだ。


【冷蔵庫におかず入れておいたの、気づいた?】


あっ…。

千晴さんはうちの鍵を持っており、好きに出入りしてもらっている。私が勤めに出ているうちに夕食を差し入れてくれたりすることも多い。

しまった、今日、持ってきてくれていたんだ…。

えーと、と返信の文面を考えた。

私はこれまで、出張以外で外泊をしたことなんてない。ちゃんと説明しなかったら、絶対に折り返し電話がかかってくる。

ごめんね、今日は久人さんの家に泊まって…これ、絶対なにか誤解させる。いやでも、別に構わないのか、戸籍上はもう夫婦なんだし。

とはいえ…。

なぜか額に汗をかきながら、あれこれ文章を探した。嘘はつきたくない。

ええと、仕事で遅くなっちゃって…近いから…誘ってくれて…。
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