最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
「私、容姿は母似なんですけど、体質や中身は、かなり父に似てるんですよ」

「へえ?」


彼が顔をこちらに向けた。


「裸眼で2.0あるのもそちらの血で。風邪ひとつひきませんし、幼稚園からずっと皆勤賞なんです」

「それは、いいものをもらったねえ」

「虫歯もありません。歯医者さんに行ったことないんです。これ、父も同じで、それが自慢で。俺はめったにカルテを作らせないんだ、なんて言って」


久人さんがははっと笑った。私も笑った。


「桃は、ご両親の思い出を、楽しそうに話すんだね」

「楽しい思い出ばかりですから」

「つらくはない?」


首を振る。


「父と母は、自動車事故で亡くなりました。父が運転席で、母が助手席。ほんの日常的な、ちょっとそこまで、という外出で、一方通行の道路を逆走してきた車と正面衝突したんです」


久人さんは黙って聞いている。彼の、私の肩を抱く手が、わずかに強まった。


「私は子供だったので、会わせてもらえなかったんですけど、遺体は綺麗だったそうです。ふたりは手を取り合っていて、父はもう一方の手で、カードケースを握りしめていたと」

「カードケース?」

「私の写真を入れていたんです」


私は久人さんの胸の上に置いた手を開いた。「すごいと思いませんか」と手の甲を走る静脈を、なんとはなしに見つめる。


「人は、命が尽きるその瞬間にも、誰かに希望を与えることができるんです。私は両親のその死の様を聞いたとき、なにがあっても生きていけると思いました」


手を胸の上に戻した。


「私は、愛し合っていた両親が、愛した娘です。永久に崩れることのないその自信を、最後の最後に、両親はくれたんです。すごいと思いませんか」


話すのに夢中になっていた私は、いつの間にか久人さんが、じっとこちらを見ていることに気づき、えっ、と動揺した。

その目は笑ってもいなければ、同情しているようにも見えない。
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