最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
必死に野菜を切る私の横で、久人さんが真っ赤なトマトをぽんと宙に投げる。


「…お嫌いですか?」

「嫌いって言うと、俺がわがままみたいじゃない? おいしくないって言ってよ」


え、トマトのせいにするの。


「おいしいですよ」

「個人差だよね」


彼は片手でトマトを受け止めると、さっと洗って、ペティナイフでまたたく間にサイコロ状に切り、モツァレラチーズも同じくらいに切って小さなボウルに入れ、バジル、塩コショウ、オリーブオイルを絡めた。

食器棚を物色し、取り出した器にざっと空け、ちょいちょいと整える。

美しいカプレーゼの出来上がりだ。

私はその手並みにぽかんとしていた。

この人、本当に料理をする人だ。選んだお皿の大きさも形も申し分ない。食器の見極めが、実はかなり難度の高い技であるのを、私は料理と共に学んだ。


「腹減ったから、これ食って待ってるね」


菜箸で、トマトとチーズを私の口に入れてくれる。うわ、おいしい。


「えっ、あの、お手伝いは」

「俺じゃ、スキルが高すぎるんでしょ?」

「ですけど」

「慣れないうちは、自分のペースでやったほうが危なくないよ。何時になってもいいから、奥さんの手料理を待ってるよ、よろしく」


ええー!

うろたえる私をよそに、久人さんはカプレーゼの器を片手に、リビングへ行ってテレビを見はじめてしまった。

私はといえば、まさにトマトに火を通すメニューを考えていたため、それがふいになり、頭は真っ白。

慣れていない人間に、その場でのアレンジなんて無茶な注文なのだ。

この材料で、そんなに時間をかけずにできるもの…と必死に考えているところに、「えっ、この女優さん、結婚したの」なんて気楽な声が届く。
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