最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
ベッドの枕元に座った久人さんは、無意識に体温計を振っている。実家の体温計が水銀だったんだろう。私もそうだった。


「よりによって金曜の夜に熱出すとか…」


社畜、と吐き捨てながら、私の汗ばんだ額をなでてくれる。全身の筋が、一気に縮んで固まってしまったみたいに痛む。こんな熱を出したの、はじめて。


「健康な血筋はどこいったの」

「あの、うつるので、向こうへ…」

「ただのがんばりすぎの知恵熱が、なんでうつるんだよ!」


あっ、これが知恵熱っていうもの?

身体を壊したことのない私は、どうやらこの方面の知識がないらしい。

うう、痛い。重い。身体が自分のものじゃないみたい。

水差しの水が、苦く感じられて顔をしかめた私を見て、「いただきもののジュースがあったよね」と久人さんが寝室を出ていった。

すぐに、カクテルグラスに入ったジュースを持って戻ってくる。

グラスの口から、ピーチのみずみずしい香りが広がって、癒される。


「器って、大事ですね…」

「今、そんなこといいから、飲んで」


私を抱き起こして、隣に座り、片手で支えてくれる。震える手をグラスに添えて、一息に飲み干した。冷たいジュースが、身体の中を通っていくのがわかる。


「おいしい…」


これはおいしい。元気になったら、すてきな大きいグラスでがぶがぶ飲もう。


「これくれたの、だれだったっけね」

「あっ、ごめんなさい、全部飲んじゃった…」


彼が舐めているグラスには、滴しか残っていない。いただきものなんだから、ふたりで味わうべきだったかと慌てる。
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