最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
それじゃ、まるで、久人さんが…。

樹生さんが、残念そうにうなずく。


「『俺は代わりだから』って、俺の前では、よく言ってたよ」


信じないはずだ。


──俺はそもそもの存在意義が、後継ぎであることなんだよ。


言葉どおりに受け取ったつもりだった。だけど私がイメージしたより、はるかに正確に"言葉どおり"だったんだ。

自分の存在意義は、後継ぎであること。

それだけ。

彼が思う"自分自身"は、本当に、それのみなのだ。


「あいつなりに、好きなことやってたんだよ。モトクロスの話は聞いた? 俺も一緒にやってたんだけどね、あれは金もかかるし子供のうちは家族のサポートもいる。でも久人は遠慮せずやってた」

「女性関係も派手だったって…」

「あはは、それもほんとだね。遊びばっかりで、久人が本気になることなんてなかったけど。でもそういう、褒められないこともしてたよ。なんでかって言うと、『一族の会社に入るまでは好きに生きろ』って、伯父さんに言われたから」


言われたから。

そう"言われたから"好きに生きた。なんだろう、素直ともとれるけれど…。

今はすごく、いびつに響く。

時が来たら捨てて、しきたりどおりに結婚もして。窮屈そうでも億劫そうでもなく、むしろいつも、楽しそうで。

そうか、と今頃気がついた。

久人さんは楽しいんだ。高塚に来た目的を、ようやく果たせるんだから。


「『俺は代わりだから』っていうのもね、自分を卑下してるわけじゃなく、あいつはそれが誇りなんだよ。生きる意味といってもいい」

「ご両親を、尊敬してらっしゃるんですよね」

「盲目的なまでにね。あいつは本来、人の心の機微にも鈍感じゃない。だけど親や家のことが絡むとダメなんだ。思考停止しちゃうんだな」


やれやれとばかりに片方の手のひらを上に向け、樹生さんは息をついた。彼もこれから仕事なのかもしれない。ワイシャツとスラックス姿で、ジャケットを椅子の背にかけている。先日のバーでの私たちの会話を聞いて、『ちょっと気になって』と心配して来てくれたのだ。
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