最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
「あいつのぶんまで、あいつを大事にしてやって」


頼むよ、と微笑む顔は、切なかった。




「ただいまー」


久人さんの声に、キッチンにいた私は焦った。慌てて手を拭い、お鍋の中を確認して、玄関に走る。


「お帰りなさい、早かったですね?」

「うん、思ったより順調にいった。…なんかいいにおいするね?」


靴を脱ぎながら、久人さんが鼻を動かす。私はエプロンをいじった。


「あの、ちょっと料理を練習してたんです。挑戦したいレシピがあって…」

「あは、なるほどね。どう、うまくいきそう?」


廊下に上がってくる彼のスーツから、"外"のにおいがする。街中の雑踏とか、タクシーとか電車とか、そういうところでまとう気配だ。

私はまだ途中の料理を思い浮かべ、うーんと考えた。


「自分的には、ぎりぎり及第点くらいでしょうか」

「食べたい、準備して」

「え、でも、夕食はお済みなんですよね?」


もう二十二時だ。夕食はいらないと、出かける時点で聞いていた。私はなんとなく、寝室へ向かう彼を追いかけ、一緒に廊下を歩く。


「一食くらい余分に入るよ」

「でも、試作品ですし…。私、ひとりで食べようかなって」

「なんで? せっかくつくったんなら、一緒に食おうよ」


寝室のドアの前で、久人さんが私を振り返り、にこっと笑う。


「俺が厳しく採点してあげる」


答える前に、唇に軽いキスが来た。

驚いて目を閉じたときにはもう終わっていて、目を開けたら、久人さんが楽しげにそんな私を見下ろしていた。
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