最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
久人さんは日によって、Tシャツを着ないで寝る。引っ越し当初は不慣れな私を気遣って、毎晩着てくれていたのだけれど、夏が本格化すると共に、習慣が元に戻ってきたらしい。

今日も裸だ。薄手のパジャマ越しに、久人さんの寝起きの体温を感じる。

身体の前に回されたたくましい腕が、からかい気味に私の身体を探る。


「朝っぱらからこそこそ電話なんて、怪しい」

「千晴さんからですし、こそこそなんてしてません! 久人さんが寝てたから…」

「このへん汗ばんできたよ。図星だったんじゃないの?」


手がパジャマの中にもぐり、私のおなかをなでている。確かに汗ばんできたけれど、それはあくまで、この状況のせいであって…。


「俺も一緒に会社行く。シャワー先使っていいよ」

「えっ、そんな早くにご出社ですか」


うなじにたっぷりと吸いついてから、久人さんはやっと私を解放した。

振り向くと、眼鏡姿の彼が、腰に片手をあてて、にこっと笑う。


「やることが山積みだからね」


前向きな言葉。未練なんてかけらもなさそうな態度。

今日から久人さんは、辞めるために出社するのだ。


「はい」


私はうなずき、「桃が出てくるまで寝てよ」と寝室に戻る背中を見つめた。

たとえば意外に朝が得意じゃないこととか、自分が使わない部分はどんなに散らかっていようが気にしないところとか、目が悪いのに眼鏡の扱いに無頓着で、たまに、どこに置いたか忘れて立ち尽くしていたりするところとか。

そういう人間らしい久人さんを見るのが、私、好きなんです。

完璧じゃない部分を見つけるたび、私はここにいていいんだって思えるんです。

今も、そう思っています。
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