秘書と野獣
「ウサギ、そこに座れ」
書類を手に入って来るなり開口一番そう告げた俺に、一瞬何事かと驚いたウサギだったが、すぐに何かに思い当たったのか、やれやれとばかりに深く溜め息をついた。
おい、上司に向かって失礼な奴だな!
「はぁ…今日はやることがたんまり残ってるので少しにしてくださいね」
まるで子どもに言い聞かせるかのようにそう言うと、一切の詮索をすることなく黙って応接用のソファーに腰を下ろした。あまりにも抵抗がないことにこっちの方が拍子抜けだが、俺は俺で迷うことなくその上にドサッとでかい図体を転がす。ウサギは全く驚きもせず、さも当然のようにしてそれを受け入れた。
初めてこれをさせたのは一体いつのことだったか。
…あぁ、そうだ。きっかけはこいつだったんだ。
俺の部下として働き始めたこいつは、まだまだ未熟ながらもとにかく持ち前のガッツでひたすら真面目に頑張っていた。それは自ずと周囲にも伝わっていくもので、仕事で関係をもった人間にもよく可愛がられていた。
それは基本的に喜ばしいことではあるのだが、中には下心をもって接触してくる奴もいる。あいつはただでさえ若い上に小柄で色白。クリッとした大きな黒目は名は体を表すと言わんばかりにウサギの名にふさわしかった。
俺自身がそうだったように、やましさがなくともつい構いたくなってしまうのだから、下心がある連中にとっては格好の餌食とも言えた。