秘書と野獣
そうしてここに来て二年ほどが過ぎた頃、とある接待に出向いたときのことだ。
その日はいけ好かないジジィが相手だったが、猫を総動員してなんとか万事うまくいきそうだと思っていたところで、どうしても外せない電話がかかってきた。お構いなくとやけに上機嫌に言うジジィが引っかかったが、急を要することもあって俺はウサギをその場に残してほんの数分だけ席を外した。
電話をしている間あいつのことが気になって仕方がなかった俺は、早急に用件を済ませて部屋に戻った。その俺が目にしたのは、酔っ払ったクソジジィに今にも押し倒されそうになっているあいつの姿。
目にはうっすらと涙が浮かび、だがそれでも必死に気丈に振る舞おうとしている健気な姿に、カッとなった俺は迷うことなくジジィの首根っこを掴んで吹き飛ばしていた。
結局まとまりかけていた商談はパーとなり、ウサギは自分のせいだと酷く落ち込んだ。だがそれは全く違う。
大事な部下を犠牲にしてまで得たものには何の価値もない。むしろ、そんなことでしか築けないような関係なら先は見えたも同然だ。あのジジィとウサギと、どっちが俺にとって、引いてはこの会社にとって有益な存在であるか、そんなものは天秤にかけるまでもない。
そう何度も言い聞かせる俺に、責任感の強いあいつはまだ納得しきれていなかったが、目尻を赤くしながら、だがやはり決して涙を流すことはなく、ただ黙って頷いた。
そのことをきっかけに、元々勤勉だったあいつは更に輪を掛けて何事にも全力で取り組むようになっていった。