秘書と野獣


ウサギに出会ったのはあいつが18、俺が26の時。

二十代のうちに起業するという明確な目標をもっていた俺は、そのために有益だと思える人脈づくりに余念がなかった。
その中の一つが服部社長との縁だ。彼は小さな町工場の社長で、世間的に見れば決して優良物件とは言えない取引先だっただろう。だが、俺にとってはそれ以上に魅力のある存在、それが服部社長だった。ちょっとした営業がきっかけで俺はたちまち彼の人間性の虜になり、目的の仕事が終わっても尚、足繁く彼の元へと足を運ぶようになっていった。

そんなある日、事務所を訪れた俺の視界に異質なものが映る。明らかに自分よりも低い位置でちょこまかと忙しなく動く影。透き通るほどの肌の白さが鮮明に記憶に焼き付き、その姿はまるでウサギのようだと思った。


「宇佐美?!」


しばらくしてその女の名字が宇佐美だと聞いた時、ミラクルのような偶然に俺は腹を抱えて笑った。それ以降、行けば真っ先にあいつの姿を探す自分がいて、ぷりぷり怒るとわかっていながらも「ウサギ、ウサギ」とからかっては楽しんだ。

ウサギはとにかく何事にも一生懸命な奴だった。見るからに若く、高卒だと聞いた時は妙に納得したが、仕事に取り組む姿勢は大人顔負け。背も小さくどちらかといえば童顔で、実年齢よりもさらに幼く見られていることが常だったが、精神的には下手すれば俺よりも上なんじゃないかと思う時もあるほどに、年齢の割には落ち着いてる奴だと思った。

後にその理由を服部社長から聞くこととなる。
ウサギが高校に在学中、唯一の肉親だった母親を亡くしたこと。その結果、ウサギは一家の大黒柱として家族を養う立場になったこと。それ故彼女は自分の事は全て後回しにして、とにかく下の子ども達のために必死に頑張っているのだと。

俺にからかわれて無邪気に笑っているその裏で、あいつはどんな想いを抱えて生きているのか。そう考えると、俺はますますあいつから目が離せなくなっていった。

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