秘書と野獣

あと一年で二十代も終わるというその頃、俺はようやく目標の一つであった独立を果たすことができた。小さい場所からのスタートではあるが、必ず成功するという自信があった。環境が変わり毎日が目まぐるしく過ぎていく中、それでも俺は服部社長のもとへと足を運ぶことをやめなかった。


そんな中、日に日に俺の中を占めていく想いがあった。
それはウサギを部下として欲しいということ。
何事も自分のペースで進めていきたい俺のような人間には、秘書なんて存在は邪魔になりこそすれ必要になることなんて絶対にありえない。常々そう思っていたのに、あいつならそれをやってのけるんじゃないかと思えてならなかった。
決して出しゃばらず、だが水面下でこつこつと努力を続けるあいつの姿は、知らず知らずのうちに俺の固定観念すら変えていた。



「ウサギ、俺の秘書にならないか?」



初めて声を掛けたとき、あいつは目を丸くして驚いた後、それはそれは大きいこれみよがしな溜め息をついてこう言った。


「冗談ならせめてもう少し面白いものにしてくださいね」


人一倍勤勉で謙虚な性格だったが、いざというときにはきっぱり自分の意志を示すのもあいつの美点だった。そういう部分にも惚れ込んでの真面目なスカウトだったのだが…日頃の俺の態度が仇となったのか、その後何度声をかけようとも鼻にもかけてもらえなかった。

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