秘書と野獣
「失礼なのは百も承知です。ですがウサギをうちにもらえないでしょうか」
本人を説得するよりも周囲を固めた方が堅実だと判断した俺は、不躾なお願いだとわかってはいたが、服部社長への直談判を試みた。突然の申し出に当然の如く彼は驚いていたが、俺の様子から冗談などではないと判断したのだろう。怒ることも笑うこともせず、真剣に俺と向き合ってくれた。
「何故彼女を? 君ならもっといい人材を見つけられると思うが」
「…そうかもしれません。ですが俺はウサギがいいんです」
「何故彼女にこだわるんだい?」
「何故…なんでしょうね。正直、俺にもよくわからないんです。…ただ、あいつは俺には絶対ないものを与えてくれるような気がしてならないんです」
「絶対にないもの?」
「はい。本当に、言葉で伝えるのは難しいけど…何て言うか、本能的にこいつが欲しい、って思ってしまったんですよね。すみません、こんなざっくりとした理由で」
「ははっ、本当だなぁ」
我ながらひどい有様だと思った。
予定ではもっと理路整然と彼を説得するつもりでいたのに、出てきたのは何ともお粗末なものばかり。全てにおいて俺らしくないと思ったが、この時の俺には計算なしでぶつかっていく以外に残された道はなかった。