秘書と野獣
「あ、あの、社長…」
「ここに戻る車の中から見えたんだよ。お前らが何やら親密に話し込んでる姿がな」
その一言に見えないようにほーっと胸を撫で下ろす。妙なところを目撃されたのは厄介だけれど、ひとまず私の計画がばれていないことが何よりだ。
何があってもそこだけは計画を崩されるわけにはいかないのだから。
「それは多分あれですね、仕事の相談を受けていたときに野上君に手を握って感謝されたんです。私もびっくりでしたけど、まさかちょうどそこを社長に見られてたなんて思いもしませんでしたー」
あははと笑って見せても鋭い視線はこちらを射貫いたまま。
うぅ、痛いっ…!
仕事せよ女にせよ、狙った獲物は決して逃がさない。
その名に負けぬ獰猛さとハンター並みの嗅覚を持つ彼は密かに野獣と呼ばれている。
そんな彼のビームを正面から受けてしまったら、いくら長年一緒にやってきたと身はいえ私だって怯むっての!
「…ふん、まぁそういうことにしておいてやる」
「あの、社長…」
なんだか仕事とは関係ないところですんごく上から目線なのは気のせいですか?
いや、立場的にも物理的にも圧倒的にこの人の方が上にいるんですけどもね。
それでもですよ。
「というわけでこれやっとけ」
「え?」
視線を上げるよりも先にバサバサと手元に紙の山が舞い降りてきた。一枚二枚…その数はざっと数え切れないほどだ。疑問符を貼り付けながら顔を上げると、うんと高い位置にいる野獣は何故かニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。