秘書と野獣
「もうっ、社長っ! 髪の毛が大変なことに___、…っ!」
身を捩ったウサギの顔が俺の眼前で止まる。その距離僅か十数センチ。
予測もしていなかった状況に、互いに強直したまま言葉を失った。
…あれ、こいつの睫ってこんなに長かったか?
化粧なんて申し訳程度しかしてないのに、透き通るほどに白い肌。
大きな黒目には向かい合う俺の姿がはっきり映るほどに透明感があり、何も塗らなくても赤みを帯びた唇は厚すぎず薄すぎず綺麗な形をしている。
……こいつはいつの間にこんなに女らしくなったんだ?
「…っ、もうっ、離してくださいっ!!!」
「ぐふっ…!」
じーっと見入っていた俺のみぞおちに痛恨の一撃が入る。
いくら女が相手だろうと、無抵抗な状態で急所をやられればどんな奴でも効かないはずがない。ヨロヨロと膝からふらつくと、ほとんどしがみつくような形で目の前のデスクに手をついた。
「あぁっ…! ご、ごめんなさいっ…! だ、大丈夫ですかっ?!」
「……なわけねぇだろ…」
「ですよねっ、ごめんなさいっ…ど、どうしよう、どうしたらいいんだろうっ…! き、救急車…!」
真っ青な顔でオロオロしまくるウサギがぶっとんだことを言い出した。パニくると時折こうやって突拍子のないことをやらかす奴だけに、慌てて腕を掴んで引き止める。
「アホっ! こんなんで救急車とかシャレになんねーぞ!」
「で、でもっ…」
「もう大丈夫だよ。さっきはいきなりで効いただけだ」
本当はまだ息をするのもしんどかったりするが、これ以上余計な心配を与えないようにと軽くジャンプしてアピールする。尚も不安を滲ませていたウサギだったが、少しずつ平常心を取り戻すと、猛省するようにがっくりと項垂れた。