秘書と野獣
…俺もバカじゃない。
出会って8年。流れゆく月日の中で、ウサギの俺に対する意識が変化していったことに気付かないわけがない。それは自惚れではなく、ほとんど確信をもって言えることだった。
あいつにとって、最も身近にいる男が俺であることは疑いの余地はない。
年上で、自分達家族の助けとなった男ともなれば、自ずと気持ちが引き寄せられていくのはもう自然の成り行きと言ってもいいだろう。
それが憧れなのか愛なのか、俺にとって重要なのはそこではない。
……俺はあいつの想いに応えてやることはできない。
あいつのことは心の底から大事だと思う。幸せになって欲しいと思う。
だからこそ、女に未来を求められない俺では駄目だ。
ウサギは他の女とは決して違う。
それでも、ただの男と女になってしまえば、その先がどうなるかは誰にもわからない。もしこれまで築き上げてきたものが全て失われるようなことがあったら……想像するだけで気が滅入ってくる。
俺の知るウサギはいつも笑っていて欲しい。
その笑顔を奪うのが…俺であってはいけない。
どんなに俺を想っていようとも、決してそれを口に出すようなことはしない女だとわかっているから。だからこそ、時折あいつが悲しげに笑っているのに気付かないふりをする。卑怯な大人だと、狡い男だと思われてもいい。
あいつのために俺がしてやれることは、その気持ちに気付かないふりをしてやること。ただそれだけ。
ただそれだけなのだと、この時の俺は信じて疑ってはいなかった。
いや、必死でそう自分に言い聞かせていたのかもしれない。