秘書と野獣

半ば命令するような形でもなきゃこいつは絶対に首を縦には振らない。それがわかるからこそこれ以上の議論は不要とばかりに前を向いた。

尚も戸惑いを隠せないあいつの気持ちもわかるが、相変わらずいざというときに頼ってこないのにも内心腹が立っていた。昔っからこいつは大変な時ほど一人で抱え込もうとするところがある。

「車があるんだからついでに買い出し行って帰るぞ」
「えっ? でも、」
「俺も買いたいものがあるからいいんだよ。荷物持ちだっているんだから普段買えないようなもんも買っとけよ」

でも、と出かかった言葉がすんでの所で呑み込まれる。
その後しばらく遠慮がちに泳いでいた視線だったが、やがてこちらに向くと、


「……ありがとうございます。助かります」


ほわんと花が咲くように笑ってみせた。
あまりにもいじらしい態度に「別に」だなんて思わずつっけんどんな言い方になってしまう。俺の考えなんてこいつにはお見通しなんだろう。

バカだな。お前の願い事なら大抵のことは叶えてやるのに。
というかたまには我儘の一つでも言ってみやがれ。

そんなわけのわからない説教を頭の中で呟きながら、一気にアクセルを踏み込んだ。

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