秘書と野獣


こうしてこいつらの家に来るのはもう何度目になるだろうか。

莉緒や慎二とも親睦を深めてからというもの、時折こうして夕食に招かれることがある。母親の生前、こいつらが住んでいたのは僅か2DKの古い木造アパート。そこに四人暮らしともなれば、お世辞にも広い空間だとは言えなかっただろう。それでも、文句の一つも言わずにこいつらは互いを支え合いながら慎ましやかに暮らしていた。

その後慎二が就職と共に一人暮らしを始めたのをきっかけに、女だけになるにはセキュリティ面で心配だからと、俺が強く勧めたのもあって今のマンションへと引っ越して来た。とはいえ築年数はそこそこ経過しており決して新しいとは言えなかったが、あいつはそれでも前に比べれば充分だとここに決めた。

それなりに充分な給料を与えているつもりではあるが、決してそれを無駄に使おうとはしない。本当ならもう少しグレードが高くて広いマンションに住むことだって可能だろうに、結局あいつが選んだのはやはり2DKという空間だった。
それでも広すぎて違和感があるくらいだと笑うのだ。

全ては莉緒にあらゆる選択肢を残してやるため。
もし莉緒が進学を望むのならば、何の憂いもなくそれを選ばせてやりたい。


あいつの行動はいつだって「誰かのため」にある。


女手一つで子どもを育てていた母親の代わりに全てのことをやっていたあいつにとって、家事というのは呼吸をするように当たり前のこととなっている。
今も目の前で実に手際よく料理を完成させていく姿に、お前はオカンかよとついツッコミたくなってしまう。

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