秘書と野獣
まさか自分がプロポーズされるだなんて思いもしなかった。
それも全くそんな素振りすら見せなかったあの野上くんに。
彼は私が社長について三年後に他社から引き抜かれてきたエリートだ。
年下とはいえ一つしか変わらないし、秘書という仕事に特化するならば彼の方が私なんかよりもずっとキャリアが長い。
…ううん、全てにおいて彼の方が有能だ。私はたまたま彼より先に社長についただけに過ぎない。
野生的な社長とは対照的に知的で物静かな雰囲気はまさにインテリイケメンの名にふさわしく、浮いた話こそ聞かないものの、きっと引く手数多に違いない。
そんな彼が何故私なんかを…
『 私なんかって言うんじゃねぇ。お前はお前でいるだけで価値のある人間なんだってことを忘れんな 』
脳裏に蘇る力強い言葉に胸が苦しくなる。
強引な社長だけれど、いつだって俯きがちな私に自信を与えてくれた。
時に大ざっぱで女ったらしで、振り回されることも多々あったけど、それでも私が秘書だなんて大それた仕事を続けてこられたのは、間違いなくあの人が社長だったからこそだ。
彼には感謝してもしきれないほどたくさんのものを与えてもらった。
こんな形で去るのは本当に心苦しい。
けれど、最後に一度だけ勝手することを許してほしい。
ううん、たとえ許されないのだとしても、不器用な私にはこうするしかない。
中途半端な未練を残すくらいなら、いっそのこと潔く嫌われた方がマシだ。