秘書と野獣

ギリ…と知らず知らずのうちに右手の握り拳に力が入る。

「大らかで包容力のある男だとも思うし、彼のような人間と接することで彼女を雁字搦めにしている重圧からいい意味で解放してやれたらいいとも思う」
「でも、あいつは決してそんなことは望んでいません。あいつはまだ25で…」
「『もう』25だよ、進藤君。いつまでも子どもじゃない。彼女はもう立派な大人だ」

「 ! 」

言葉を遮った服部社長の顔は真剣だった。

「私も最初は君と同じようにまだ、まだ…と思っていたよ。そして彼女の考えを尊重しようともね。だが最近こう思うんだ。このままでは彼女は永遠に自分の幸せに目を向けることはないんじゃないかって」
「え…?」
「いずれ慎二君が家庭をもち、そして莉緒ちゃんもそうなるだろう。だがそれがいつになるかは誰にもわからない。あるいは一生独身を貫く可能性だってある。じゃあその時華ちゃんはどうなるんだい? 自分に暗示をかけるように決して自分自身の人生を顧みようとしない。ずっとそれが当たり前だと思い込んできた彼女が、いざとなって手放しに幸せ探しをすると思うかい?」
「それは…」

何も言えなかった。彼の言う通りだと思ったからだ。
あいつが自ら積極的に幸せを求めている姿が全く想像できない。
慎二や莉緒の人生はリアルなものとして考えているのに、何故か自分の人生だけは非現実的なものとしてしか捉えていない。だから自分に寄せられている好意にも気付かないし、それを求めようとすら考えもしない。

…俺に対してですら。

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