秘書と野獣

じゃあ俺にあいつを幸せにすることができるのか?
自分が結婚して家庭を築くなんて未来が欠片ほども想像できない、この俺に。

あいつが長年俺に淡い恋心を抱いているのはほぼ疑いようのない事実だろう。
本人はこれから先も決してそれを表に出すつもりはないだろうが、それでもあいつに近い人間ならとっくにそのことに気付いているに違いない。
だからこそ、服部社長だって俺にああ言ったのだ。

ウサギのことは好きだ。大事にしたいと思う。
だがそれが一人の女としての感情かと言われればわからない。家族への愛情を知らないまま育った俺には、どこからどう線引きすればいいのか、本当にわからないのだ。

何よりも大事にしたいあいつだからこそ、中途半端にしか返せない状態で受け入れることなどできない。できるはずがない。


「よかったら一緒に飲みませんか?」


ハッと見ればいつの間にいたのか、長い髪を揺らした女がグラスを片手に隣のスツールへと腰掛けていた。隙のないフルメイク、だというのに胸元は今にも見えそうなほど大きく開いている。短いスカートにもかかわらず足を組んでいるのは自慢の美脚を見て欲しくてのことだろう。

…全てにおいてあいつとは対極にいる女。

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