秘書と野獣
「お気持ちはありがたいんですけど、私には勿体ないですから。こういうところに連れて来るのは意中の女性だけにして、私にはいつもみたいな定食屋とかラーメンとか、そういう分相応な場所でお願いします」
「……」
ニッコリ笑って再び食べ始めたウサギを呆然と見つめる。
「何言ってんだ。意中の女なら目の前にいる。お前が好きなんだよ!」
瞬時に湧き上がってきたセリフを口に出すことすらできないほどに、呆然と。
覚悟していたこととはいえ、この状況下でも全く自分の気持ちに気付いてもらえないことに愕然とする。本当に、本気でこいつは俺がこいつを一人の女として見るだなんてことを考えもしないのだと。
好きな女にうまいものを食べさせてやりたいだなんて、我ながら何とも安直な発想だとわかっている。それでも、連れていってくれとねだられたことはあれど、こうして拒絶する女がいるだなんて思いもしなかった。
しかも好きな女で、仮にも俺を好きなはずの女に。
「…社長? どうかされましたか?」
「……いや、なんでもねぇ。とにかくたらふく食えよ」
「ふふっ、はい!」
ショックじゃないと言えば嘘になる。
だがその感情をぶつける相手はこいつじゃない。この俺自身だ。
長年ウサギを振り回していたのは他でもない俺である以上、今度は俺が耐えるしかない。