秘書と野獣
「…ん?」
そうして十分ほど移動した俺の足が目的地をすぐ目の前にしてぴたりと止まる。
今まさに入ろうと思っていたエントランスから出てきた人影。胸下ほどの綺麗な黒髪を風になびかせながらピンヒールをカツンと鳴らしたその女に____
俺の全神経が注がれた。
「……ウサギ…?」
___まさか、と思った。人違いじゃないかとも。
だが…
「間違いない。あれは絶対にウサギだ…!」
たちまち何故? が頭の中を覆い尽くしていく。
それも無理もない話だ。何故なら、今目の前にいるウサギは誰もが知るウサギとは全く別人へと変貌を遂げていたから。私服ですらシンプルで地味目な格好を好むあいつが、フルメイクをして体のラインが強調されるような服を身に纏い、普段なら絶対に履くことないピンヒールを鳴らしながら夜の街を歩いている。
慎二はもちろんのこと、下手すれば莉緒ですら気付かないほどの変わりようで、俺が気付けたのは奇跡的だった。
…いや、野生の嗅覚があいつを捉えて離さなかったのかもしれない。