秘書と野獣

「…?」

落ち着けるように服の上から胸元に手をあてたその時、あいつの足が止まった。
あまり目立たないが、落ち着いた雰囲気のバーの前でしばらく考え込むと、ウサギは何かを決意したように中へと入っていく。その先に何が待ち構えているのか、確かめるのが恐ろしくもあったが、だからといってこのまま見過ごすことなどできるはずもない。

俺が次にとる行動など考えるまでもなかった。


ジャズの流れる小洒落た店内は、まだ比較的時間が早いにもかかわらず既に多くの人で賑わっていた。俺自身も一人飲みをするのが好きでそれなりの店を知っているつもりだが、このバーに来るのは初めてのこと。どうやら隠れた人気店らしい。見ればウサギはカウンターに座って既に何かのカクテルを手にしている。
あいつが何の目的があってここにいるかを見極めるためにも、向こうからは見えづらいがこちらからはしっかりと見える場所へと腰を下ろした。

適当な酒を飲むふりをしながらじっとあいつの行動を観察する。
万が一男でも現れようものなら奪い取るまで。
そんな強い覚悟をもって見続けていたが、最悪の想定に反していつまで経っても何かが起こる気配はない。グラスを空けてはバーテンダーと一言二言会話を交わして新たなカクテルを飲む。そのやりとりだけが繰り返されていくだけ。

目的など端からなく、ただなんとなく入っただけなのだろうか…?

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