秘書と野獣
「…ごめんね、おねえちゃん」
「…は?」
コロコロ変わる展開に全く頭がついていかない。
「おねえちゃんはずっと、ただひたすらにずっと私達の幸せのために生きてくれたんだよね」
「…莉緒?」
「お母さんが死んでから、おねえちゃんは進学もやりたいことも全て諦めて私達のためだけに生きてきた。私がちゃんと自立できたのも、こうしてかけがえのない存在を手に入れることができたのも…全てはおねえちゃんのおかげだって心から感謝してる」
「莉緒…そんな、大袈裟だよ。私は何も…」
「ううん。私だけじゃない。お兄ちゃんだって全く同じ気持ちでいるよ? いつも言ってるもん。姉ちゃんががいなけりゃ俺はグレてまともな社会人になんかなれてなかったかもなって」
「……」
突然の感謝の言葉にこみ上げてくるものがあったけれど、それ以上に何故か莉緒の方が今にも泣きそうになっている。
「私もお兄ちゃんももう充分にしてもらった。こうして幸せも手に入れることができた。そんな私達が願うのは、おねえちゃんにも自分の幸せを見つけて欲しい、ただそれだけなんだよ」
「莉緒…」
続く言葉も見つからずにいた私の手に莉緒のそれが重ねられる。
「ねぇおねえちゃん、進藤さんのことがずっと好きなんでしょ? だったらその気持ちをぶつけてみなよ。私達、進藤さんなら絶対におねえちゃんを幸せにしてくれるって確信してるんだ」
「何を言って…そんなの無理だよ」
「無理なんかじゃない!」
あははと乾いた笑い声を上げて顔を背けた私に、こっちを見ろとばかりに莉緒の手に力がこめられた。そのあまりにも真っ直ぐな眼差しは、私の心に小さな棘として突き刺さる。