秘書と野獣
「いきなりなんなんです? これまで好き勝手してきたあなたが。一体どういう風の吹き回しですか?」
「いいや、お前は気付いてたはずだ。俺がとっくの前からあいつだけを見てたってことに。お前がそのことに気付かないはずがない。だろう?」
「……」
ゆっくりと立ち上がると、尚も真っ直ぐ俺を射貫いたままの野上の前まで歩み寄る。そうして手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて足を止めると、互いに目を逸らすことなくしばしの沈黙が流れた。
「あいつがいかなる画策をしようと、そしてお前がそれにどんな協力をしようとも、あいつは俺から逃げることはできない。逃がさない」
「…意味がわかりませんが華さんの人生は彼女のものです。社長と言えど他人の人生を決めつけることはできませんよ」
「あいつが本当に、心の底から俺のいない人生を望むのなら俺は黙って見送ってやるよ。だがそうじゃねぇ。あいつはただ逃げてるだけだ。自分が本当に欲しいものから目を背けてな。どう藻掻こうと自由だが、最終的にあいつが戻って来るのは俺のところしかない。断言してやるよ」
はっきりそう言いきった俺に、野上は静かに、だが強い意思を滲ませたまま耳を傾ける。