秘書と野獣
「こ、れって…!」
まさかという表情を見せる莉緒に、俺はゆっくりと、だが力強く頷いた。
「お前に証人になってほしいんだ」
「っ、進藤さんっ…!」
人が聞けば何を言っているのかわからない会話も、俺たちにはこれ以上の言葉は必要なかった。ぼろぼろと、堰を切ったように莉緒が泣き始める。
だがその表情は喜びに満ち溢れていた。
真新しい紙の中に一部だけ文字で埋め尽くされた場所。それは夫となる人物に関する情報だ。当然のようにそこには俺の名が刻まれ、妻となる者の欄は現時点では空白のまま。
だがそこに誰の名が刻まれるかなど言うまでもない。
「本当に…? 夢、みたいっ…!」
「夢じゃねぇよ。お前らには散々心配も迷惑もかけたけど、俺の気持ちに迷いは一切ねぇから。だから安心して証人になってくれないか」
「…っ、はいっ…!」
言葉にならずにコクコクと大きく首を振る度に涙が落ちていく。
あいつが自分の事以上にこいつを大事にしていたように、こいつもまた誰よりもあいつの幸せを願っていた。そしてその幸せの先に俺がいてくれたらと密かに思っていたことだって知っている。
昔の俺はそれを受け止めるだけの覚悟がなかったが…今の俺にはあいつを失う以外に怖いものはない。