秘書と野獣
残酷な体温
「ウサギ、こっち来て座れ」
「えっ…?」
書類を手に部屋に入るなり告げられた一言。
普通の人が聞けば全く意味不明なこの会話も、私達にとってはごくごくありふれた日常の一部に過ぎない。
けれど、今の私にとっては困惑以外の何ものでもなかった。
「いいから早く来い」
「で、でも…」
「でももだってもねぇ」
「わぁっ?!!」
尚も抵抗する私に、あからさまな苛立ちを滲ませた社長が近づいてきたと思った時には右手を引っ張られていた。元から体格差が歴然とした私の体は、面白いほどあっけなく応接用のソファーの上へと放り出される。
ボスンとそこに腰を下ろす形になったと同時に、ドサリと大きな図体が私の膝の上へと倒れ込んできた。
「ちょっ…社長っ?!」
「なんだよ、うるせぇな。いつもやってることだろうが」
「そ、それはそうですけど! でも今はもうっ…!」
「でももだっても聞かねぇっつっただろ」
「だって…!」
「あー、うるせぇ。俺は疲れてんだよ。いいから黙って俺を癒せ」
「…っ!」
そう言って目を閉じた社長を前に、再び口元から出かかった「でも」がすんでの所で止まってしまった。これもまた長年の習性とも言うべきだろうが、それでも尚激しく困惑する心は隠せない。
そんな私の複雑な心中などお構いなしとばかりに、当の本人は至ってケロッとしたものだ。
「社長、困ります…」
ポツリと落とした言葉が聞こえているのかいないのか、社長は何のリアクションも示さない。こうなってはどうすることもできないとわかっている私は、心の中で盛大に溜め息をついて我が上司の横顔を見下ろした。