秘書と野獣

閉ざされた空間で私がやらされていること。それはいわゆる膝枕だ。

初めてこれをしたのはいつどんなことがきっかけだっただろうか。気が付けば思い出せないくらい昔のことで、そして私達にとってはありふれた日常となっていたことだった。

仕事でイライラしたとき、疲れが溜まっているとき、意中の女性とうまくいかなくてふて腐れているとき。
社長が私にこれを求めるのは、大小関係なく社長の心がSOSを発信しているという証。まるで母親に甘える子どものように、彼はこうして私の膝に体を預けて目を閉じる。

最初こそどうしたものかと激しく動揺していた私も、そこに異性に対する下心など微塵もないのだと認識させられるうちに、これもまた秘書として社長にできる仕事なのだと理解するようになった。短いときもあれば長いときもあり、いずれにせよしばらくすると社長はスッキリしたようにいつもの調子を取り戻す。
その姿を見る度に、あぁ、少しでも彼の役に立てたのならばと素直に嬉しかった。

…けれど、今はそんな喜びすら感じることはできない。
心の中を占めるのは困惑、戸惑い、…そして激しい罪悪感。

いくら私に対して「女」を求めていないからといって、あの社長が結婚すると宣言までした女性が存在しているにも関わらず、こんなことをさせられるのには激しい抵抗があるのは当然のことだ。

もしかしたらとてつもなく理解のある懐の広い女性なのかもしれない。
たとえそうだとしても、申し訳ないと思う心は消えることはないし、それと同時に何故社長は尚も私にこんなことをさせるのだろうかという怒りすら湧いてくる。

それほどまでに私を女として認識していないということか。
今更ながらそのことを思い知らされたような気がして、ズシリと心が鉛のように重くなった。

こうして見下ろすあどけない寝顔は今も昔も変わらない。
初めてこうしたとき、豪快な見た目と性格とは対照的なこの寝顔に「可愛いっ!」とガラにもなく胸がキュンとしたことがまるで昨日のことのようだ。




社長と出会ったのは、今からもう12年近くも前のこと____



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