秘書と野獣
「お久しぶりです! お元気でしたか?」
「あ…はい。こちらこそご無沙汰しています。平澤さんこそお変わりはありませんか?」
「相変わらず仕事に追われる日々ですよ」
そう言って朗らかな笑みを浮かべる男性。
それは数年前に服部社長から紹介された平澤商事の専務取締役だ。
服部社長と一緒にいるところを偶然見かけて、流れで一緒に食事をしたことがきっかけで、その後も何かと声をかけてもらうことが増えていった。
仕事に関してはやり手だと専らの評判なのに、こうして向き合うと驚くほどに物腰の柔らかい、とてもいい人だ。
「…ご結婚されたんですね」
「あ……はい…」
穏やかな口調ながらもなんだかその言葉にいたたまれなくなって、思わず俯き加減になってしまう。
「 ! 」
無意識のうちに指輪を隠すようにして左手に載せていた右手が横から伸びてきた手に掴まれた。ハッとして顔を上げると、社長はこちらに視線を向けることなく真っ直ぐに平澤さんに向き合っている。
「し、しゃちょ…」
「仰る通り1ヶ月ほど前に入籍いたしまして。秘書であり妻である華のことを今後ともよろしくお願いします」
間髪入れずにそう言い切った社長に目を剥いた。