秘書と野獣
でもやっぱり自分にはそんなことにかまけている時間も余裕もないと思い直し、平澤さんにも服部さんにも丁重にお断りを入れた。何より、社長に気持ちを残したままお付き合いできるような器用な人間じゃないし、それは平澤さんに対しても失礼なことだと思ったから。
だけど電話でそう伝えた私に、彼は最後に一度でいいから2人で会って欲しいと言ってきた。
数えるほどしか会ったことはないけれど、そのいずれも服部さんと一緒だったから、当然その申し出に激しく困惑した。そして断ろうと思った。
けれど、誓ってあなたを傷つけるような行為はしません、気持ちに区切りをつけるためにもどうか食事だけでもお願いできないでしょうかと頭を下げられ、それすらも突っぱねるようなことは…私にはできなかった。
2人で会ったのはあの日が最初で最後で、彼は言葉通り誠実な態度を崩すことはなかった。それが余計に罪悪感を増幅させたけど、私はその場であらためて彼にお付き合いすることはできないと伝えたのだ。
「……何かされたか?」
あの時を思い出して黙り込んでしまっていた私に、さらに鋭さをました声が突き刺さる。
「な、何かって何がですか! そんなことあるわけないじゃないですか!」
「本当に? キスもか?」
「あ、当たり前でしょう!!」
そんな大それたことができる女に見えますか?!
あなたじゃないんだから!
…という余計な一言は慌てて呑み込んだ。