秘書と野獣

「へぇ、じゃあ抱きしめられてもないんだな?」

「えっ?!!!」

思いの外大きな声が出て「しまった!」と慌ててももう遅い。
恐る恐る横を見れば、見る者を震え上がらせるには充分すぎる薄ら笑いを浮かべた社長がいて。

「あの、社長…?」
「なるほどなるほど。会って楽しく食事して、油断したところで最後の最後に抱きしめられたとかそんなところか?」
「……!!」

この男はエスパーなのか?!
そう言いたくなるくらい一言一句違わない。

そう。あの日、彼は本当に紳士的だった。
店を出てあらためて頭を下げた私に、あなたの幸せを祈ってますと言ってくれた。その言葉に涙が溢れそうになったけど、ぐっと我慢して顔を上げた。

____直後、彼は私を抱きしめたのだ。

突然のことに硬直して動けなくなった私に苦笑いしながらそっと体を離すと、


「 最後の思い出にこれだけは許してください 」


少しだけ切なそうに微笑んでその場からいなくなった。

その日を最後に彼とは会っていなかったのだけれど___


< 251 / 266 >

この作品をシェア

pagetop