秘書と野獣

そうして私が22歳、進藤社長が30歳となった年、私はお世話になった社長の下を離れ、進藤さんの秘書として働く一歩を踏み出した。


当然ながら私に秘書としてのノウハウなんて一切なく、とてもじゃないけれど世間で言う「秘書」なんてものにはほど遠い存在。
にもかかわらず、お給料は前の職場よりも遥かに高く、分不相応な待遇に恐縮するばかりだった。
進藤社長は私達家族の事情を全て前の社長から聞かされていたらしいから、もしかしたら同情している部分もあったのかもしれない。正直、憐れまれてるのかな…なんて卑屈な考えをもったこともあった。

けれど、下の子達を何が何でも高校までは卒業させなければと必死だったし、できることならば進学だってさせてあげたいというのが本音で。自分がそうできなかった分、本人が希望するのならば尚更そうさせてやりたいと思っていた。
だから、現実問題として進藤社長の心遣いは有難かった。
卑屈になりながらも、私は彼の厚意に思い切り甘えさせてもらっていたのだ。

とはいえ、そんな卑屈な考えが根底から吹き飛ばされるまでもそう時間はかからなかったのだけれど。

確かに進藤社長は私達家族に助けの手を差し伸べたかったのかもしれない。
けれど、彼は決してただ甘いだけの人ではなかった。
自分の学歴にコンプレックスをもつ私に容赦なく雷を落とし、自信がないならつけるまでだとばかりに無理難題をふっかけてきた。右も左もわからない環境で私はひたすら鍛え上げられ、家に帰って泣いたことは一度や二度じゃない。

進藤社長を鬼悪魔と思ったことも数え切れないほどだ。
< 28 / 266 >

この作品をシェア

pagetop