秘書と野獣

「…どこか体の調子が悪いとかじゃないんだな?」
「そ、それはないです! 見ての通りピンピンしてますっ!」

わざとらしいボディビルダーの真似にこれまた白い目が突き刺さる。
やってる方だって恥ずかしいんだからせめて笑い飛ばしてやってよっ!!
その後もしばらく呆れた眼差しを向けられ、いい加減背中から変な汗が出てきた。虚しいポーズも限界だと思ったちょうどその時、社長の表情がフッと緩まった。

…あ。この表情が好きだなぁ…

「まぁいい。とにかく、無理だけはするなよ」
「あ、ありがとうございます…。…あの、それで何か用があったんじゃ…」

思わず見とれてしまいそうになる意識を全力で振り払うと、ポスッと頭の上に数枚の書類が載せられた。滑り落ちないように慌ててそれを受け止める。

「急で悪いが今日中にそれをまとめてくれないか」
「今日中っ?!」

既に正午に差し掛かろうとしてるのに?!

「お前なら大丈夫だと思ったんだが…無理か?」
「うっ…その言い方はずるいです…」

出た、必殺ワンコ落とし!
でっかい図体しながらも、おねだりだけは子犬を思わせるほどに可愛らしい。そのギャップにこれまで何度のせられてきたことか。
今日こそは絶対にその手にのるもんか! 絶対に…

「外出から戻る時に月下堂のどら焼きを買っ…」
「誠心誠意頑張らせていただきます!!」
「ぶはっ! 即答かよ!」
「だ、だって! あそこのどら焼きは絶品なんですもん!」

お腹を抱えて大爆笑されてるのは癪だけど、仕方ないじゃない。本当にほっぺたが落ちちゃうんじゃないかってほどに美味しくって大好物なんだから! まんまと手のひらで転がされてる自分が情けないけど、それで至福の時を味わえるならいくらでも転がされてやろうじゃないの。
< 3 / 266 >

この作品をシェア

pagetop