秘書と野獣


ただふと気が付いてしまったのだ。

莉緒が完全に私の手を離れ、自分の生きる場所を確立させてしまった後、じゃあ私には一体何があるのだろうと。

「家族のために」が必要なくなった今、私に残されたのは「尊敬する上司のために」生きていくこと、それだけだった。相手からすれば重くて迷惑なだけの話だとわかっていても、本当に、私にはそれしかなかった。


がむしゃらに走り続けてきた12年、一人の人間として、女として、私はただの一度も「自分自身」の人生について立ち止まって考えたことがなかったのだと。


その唯一の道標だった社長を失ってしまう今、私は小さな子どものように自分の進むべきがわからずに途方に暮れている。
必死に考えて辿り着いたのは、社長から逃げるという卑怯な選択肢だけ。
目標を失った自分はこんなにも駄目な人間だったのかと思い知らされた。


それでも…



「……絶対に幸せになってくださいね」



あどけない寝顔を見下ろしながら呟いた一言は痛みを伴った本音。
彼を永遠に失うのは辛いけれど、それと同じくらい幸せになって欲しい。
恋愛感情一つでは語れないほどの想いが彼にはたくさんあるから。
たくさんの女性と付き合いながらも、どこか女性不信気味だった社長がようやく本気になれたのならば。


それを笑顔で祝福するのが私の最後の仕事だ。


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