秘書と野獣


「んー…」

「 ! 」

ゴロンと寝返りをうった社長の顔がもろにお腹に食い込んで心臓が止まりそうなほどに跳ね上がる。

「ちょっ…社長っ! さすがにこれは…ひぃっ!!」

ぐいぐいと肩を押しても大きな体は微動だにしない。
それどころかこともあろうに伸びてきた両手が私の腰に巻き付いた。これまで数え切れないほど膝枕をしてきたけれど、こんなことは後にも先にも初めてだった。大パニックに陥ると共に、とてつもない罪悪感が私の中を埋め尽くしていく。

「社長っ! いい加減起きてください!!」

「んー…」

押せば押すほど腰に回された手に力が入る。蜘蛛の巣にかかった虫が雁字搦めにされていくのはこんな感じなのだろうか…なんてわけのわからないことを考えながら、必死に巨体を引き剥がそうと藻掻く。


…なんで?
どうして?


いくら寝ぼけてるんだとしても、どうしてこんな残酷なことをするの?
これまでの私なら、たとえ報われないとわかっていても、寝ぼけた行動だとわかっていても、純粋にこうしてもらえることを嬉しいと喜んでいたに違いないのに。


けれどあなたはもう誰かのもので。
この手はたった一人のためのもので。

もしかしたらその愛する人と間違えているのかもしれなくて____


「____っ、社長っ、いい加減に起きなさいっ!!!!」


「イッてッ!!」


ズキリと体を貫いた痛みごと振り払うように、目の前の額を思いっきり叩いた。
殊の外大きく響いた音に、さすがの社長も声を上げながら目を開けたほど。いつもなら笑ってしまう鳩豆な表情も、とても今は可愛いだなんて思えない。

「もう! いくら社長でもやり過ぎですよ。普通の人ならセクハラで訴えられてますからね!」
「セクハラって…。何、ウサギ、俺のこと男として意識してんのか?」
「はぁ?! 悪ふざけもいい加減にしないと怒りますよ」

反省するどころかニヤニヤと底意地の悪い笑顔を浮かべる社長に、本気で怒りが湧き上がってきた。いくらなんでもあんまりだ。結婚する人がいるというのに、いくら私が相手だからってこんなことでからかおうとするなんて。

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